昭和30年代の思い出エッセイ募集
入選作品紹介
家庭の味、お店の味。心に刻まれた幸せな風景。
峯 綾美(広島県)
昭和30年代中頃、小学生だった母のお好み焼きの思い出。
裕福とはいえない家庭だったので両親は遅くまで仕事に行き、夕食も一人で食べることが多かった母。そんな母の大好物は、日曜に家族揃って食べるお好み焼きだった。メリケン粉を水に溶かし、少しの野菜を入れた簡単なものだが、ほかほかの湯気に包まれながら祖母と台所に立ち、「今日の味もえぇのぅ!」と豪快に食べる祖父を見て笑うという毎度の流れはとても格別なものだった。

それでも、やはり「いつかお店の味を食べてみたい」という想いはあった。町内に1軒だけある、威勢の良いおばちゃんがきりもりしている小さなお店。中が気になるが、のれんをくぐるのは少し怖かった。けれど、いつか来る「その日」のためにお小遣いを少しずつ貯めることにした。

そして、小学6年生。祖母に頼み込んで、ついにお好み焼きを一緒に食べに行くことになった。
学校帰りにいつも遠目に見ていたのれんをくぐる。ラジオから流れるカープの試合と、ヘラの音、常連のおじさんの笑い声。その空間に自分がいるのは不思議だった。「誰か知り合い通らんかな…」少し誇らしくなり、友達にも見て欲しかった。
ダイナミックに手際よく焼かれていくお好み焼き。ソース、麺、どっさりの野菜。熱々のお好み焼きの美味しさ。「初めてのお好み焼きは驚きっぱなしだったんよ」と、今でもお好み焼きを食べると母は言う。それくらい衝撃的だったそうだ。
そして、最後にお勘定。「自分の分は自分で払うんよ」と大切なお小遣いを差し出した。「あんた、大人じゃねぇ!」と笑うおばちゃん。その日以降、毎日おばちゃんに挨拶をして帰るのが日課になったそうだ。
家庭の味、お店の味。どちらのお好み焼きも、母の子供時代の幸せの象徴として今も深く心に刻まれている。
一覧
お好み焼きが紡いだ絆館 高司(埼玉県)
祖母のお好み焼き原山 摩耶(徳島県)
オリンピックのお好み焼井山 孝治(広島県)
お好み焼き 嫌いなのか?會澤 公平(広島県)
家庭の味、お店の味。心に刻まれた幸せな風景。峯 綾美(広島県)
おばあちゃんのてっぱんお好み焼きM.N(兵庫県)
貧しかった頃のお好み焼き古田 ミホコ(広島県)
はじめて食べたお好み焼きの思い出呉の秀ちゃん(広島県)
「8マン危機一髪!」井尻 哲(広島県)
父ちゃんの「いえおこ」亀井 貴司(広島県)
「カタカタ」と生玉子の音色(ねいろ)世良 元昭(広島県)
右手の卵大信 容子(広島県)
私とお好み焼き皆川みどり(広島市)
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